生成AIで社内資料検索、欲しい情報をすぐに入手できるシステムを構築
株式会社 島津製作所


写真左から【株式会社 島津製作所】航空機器事業部 品質保証部 品質管理グループ グループ長 古賀貴三氏、 品質保証部 試験検査グループ 係長 小林文成氏、 品質保証部 試験検査グループ グループ長 新保直也氏
生成AIで社内資料検索、欲しい情報をすぐに入手できるシステムを構築
企業が保有する大量の資料は、使わなければ価値を生み出せない。島津製作所はかつて、350種類以上ある資料の中から目的の情報を取得する際に、タイトルから内容を推測して探していた。同社は生成AIによる検索システムを導入してこの課題を解決した。
多くの企業は大量の資料を保有しており、その目的は法的に保管が求められるもの、日常的に参照するものなどさまざまだ。中身は業務工程の指示や製品仕様書、設計書、契約書、取引先情報など多岐にわたる。作業マニュアルや過去のトラブル事例集、法的な規定文書などは、都度確認することでミスの防止につながるだろう。
しかし資料を適切に引き出せるように保管していなければ価値のある情報も資料の海に沈んでしまい、今まさに求めているものを見つけ出すのは難しくなってしまう。探すのに時間がかかるだけならまだしも、検索が面倒だからと資料を目にする機会が減ってしまえば情報の確認や共有不足によるトラブルになりかねない。
こうした課題に直面する企業にとって参考になりそうなケースが、生成AIによる検索システムを活用する島津製作所の事例だ。検索システムの導入後に従業員の満足度を調査したところ、「従来は0点だったが今回は80点」という声もあったという。どのような背景から検索システムの導入に至り、成果を得ているのだろうか。
350種の資料を”経験”と”感覚”で探索 業務効率を低下させていた検索問題
島津製作所は1875年に京都府で創業して、教育用理化学器械の製造をスタート。2年後には有人軽気球の飛揚に成功し、以降は蓄電池の生産や医療用エックス線装置、ガスクロマトグラフの開発など日本の科学立国としての礎に長年にわたり貢献してきた。現在は計測機器、医用機器、産業機器、航空機器の事業領域でさまざまな製品やサービスを展開する。
同社で航空機の空調システムやコックピットのディスプレイシステム、フライトコントロールシステムといった航空機搭載機器の製造開発を担うのが航空機器事業部だ。同社のモノづくりの特徴である「多品種少量生産」を推進しながら航空業界特有の厳しい規制や規定への対応が求められる同部署は、業務遂行に当たって幾つかの課題に直面していた。
その一つが膨大な社内資料の検索だ。同社の古賀貴三氏(航空機器事業部 品質保証部 品質管理グループ グループ長)は次のように振り返る。
「航空機器事業部の社内規定だけで350種類の資料を保有しています。当時ファイルストレージに保管していた資料から必要な情報を得るためには、中身を一つ一つ確認する必要がありました。バルブの保管期限が3年なのか1年なのかを確認するために複数の資料を検索して、フォルダやファイルを開いて該当する情報を確認するといった具合です。こうした作業は事業部全体で月に5500回ほど発生し、必要な資料を見つけるだけでも1カ月当たり全体で100時間を超えていました」

資料の多くはPDFだったが、旧検索システムでは資料のタイトルを検索できたがその中身までは検索できず、あいまい検索もできなかったため、使い勝手や運用管理、独自の業界用語への対応などが難しく感じていたという。
業界や自社特有の略語、用語にどう対応するか
そうした状況で救いの手となったのが、GoogleのAI検索システム「Vertex AI Search」だ。キーワードや文章を入力すると生成AIが資料を検索して回答を出力するもので、LLM(大規模言語モデル)の自然言語処理技術によってユーザーの意図をくみ取って関連性の高い検索結果を表示する。
プロジェクトをリードした小林文成氏(品質保証部 試験検査グループ 係長)は「GoogleのイベントでVertex AI Searchのデモを見て『これは使える』と直感し、独自の検索システムを作れないか検討を始めました」と振り返る。
Vertex AI Searchを採用する決め手になったポイントは「検索結果に対する根拠となる資料とその該当ページまで同時に示してくれること」「検索対象範囲を簡単に切り替えられるため、特定の対象に絞って検索できること」「企業独自のカスタマイズを柔軟に実施できること」だった。
検索システムの開発は、「Google Cloud」をはじめとするクラウドサービスを活用したシステム設計、開発、運用を手掛けるgrasysに依頼した。
「grasysの営業担当者が技術に詳しく、親身に相談に乗ってくれたことが印象的でした。検討段階でも、Vertex AI Searchでできること、できないことをはっきり伝えてくれました。エンジニアの方も、Vertex AI Searchでの対応が難しい場合はどのような技術を組み合わせればよいかを丁寧に説明してくれました」(小林氏)

プロジェクトの初期から両社で議論を重ね、意図に沿った検索結果が出るように調整を繰り返した。島津製作所の新保直也氏(品質保証部 試験検査グループ グループ長)は次のように語る。
「検索にかかる時間と手間を削減することが最初の目標でした。AIを適切にチューニングできていないと、社内規定や規約に含まれる業界特有の用語や略語を認識できず、「産廃」(産業廃棄物)や「QMS」(クオリティーマネジメントシステム)、「MIO」(作業手順書)などについて検索しても目的の資料が見つからなかったり、不要な資料がヒットしてしまったりして業務効率がかえって悪くなってしまいます」
生成される回答の言語も課題になった。検索の際に「QMS」や「産廃 種類」のように英語や漢字の羅列だけで入力すると、AIが英語や中国語で検索されたと誤認するためか、回答をその言語で生成してしまう問題があった。
そこでgrasysは、略語や用語とともに正式な単語や意味を生成AIに学習させて検索精度を高めた。専門用語を含む質問文をまとめたファイルと、その回答をまとめたファイルを用意してチューニングすることで、略語や用語で検索しても目的に合致した情報を探し出せるようにした。出力文の言語はユーザーが明示的に指定できるようにした。
grasysのセキュリティ対策への信頼も厚い。島津製作所には厳しいセキュリティ規定があり、検索システムにも閉域網への利用とSSO認証を実装した。ログインプロセスをSAMLで実装するなど、島津製作所の立場に寄り添ったgrasysの柔軟な対応を高く評価しているという。
開発は2カ月ほどで済み、2024年10月から独自の検索システム「航辞援」(こうじえん)の稼働が始まった。
従業員満足度は「0点から80点」に向上 機能拡充も視野に
航辞援は検索語句を入力すると、資料を基に回答を生成するとともに、根拠となる資料と該当のページを表示する。関連性や類似性の高い資料を含めて見つけやすくなり、業界や島津製作所特有の略語や用語も反映されている。回答を生成するために参照した資料を閲覧したりPDF内の画像に含まれるテキストなどを検索したりもできる。

「半年ほど利用して、従業員の満足度は非常に高くなっています。1回当たり約70秒かかっていた検索時間が半分以下になりました。以前は思い通りの結果を得るまでさまざまな操作が必要でしたが、今はプロンプトに入力して結果の出力を待つだけで済み、その間に別の作業をする余裕もあります。満足度調査を行ったところ、平均で導入前のスコアは42.5だったのが導入後は75.2にアップしました。中には『改善前は0点で改善後は80点』というコメントもあったほどです」(小林氏)
航辞援は社内規定や航空業界で対応が必要な規約の検索から始め、今後は従業員の要望を聞きながら検索対象の資料を広げる。製造現場で使われる、スキャンしてPDF化した報告書にも対応する。
「Vertex AI Searchで利用できるAI OCRは精度が非常に高いものです。組み立てや加工の現場では担当者がトラブルの報告書などを手書きで記録するケースが多いのですが、メモ書きの文字も高い精度で読み取ってくれます」(新保氏)

「検索システムが稼働してからもgrasysさんには継続的にサポートをしていただいています。今後は冶工具や計測器の利用状況の可視化や外観検査の自動化などを進める計画です」(古賀氏)
grasysのサポートとともに、生成AIを活用した島津製作所の取り組みはさらに加速しそうだ。
転載元:ITMedia エンタープライズ:「生成AIで社内資料検索、欲しい情報をすぐに入手できるシステム 島津製作所の事例から学ぶ」